社内マニュアルを作ろうと、ベテラン社員に話を聞きに行ったことはありますか?
「どうやってやっているんですか?」
「うーん……なんとなく、かな⋯」
……なんとなく?(笑)
その答えに、少しがっかりした経験がある方は少なくないと思います。
でも、これ、ベテランがさぼっているわけでも、意地悪をしているわけでもないのです。ベテランが「なんとなく」としか言えないのには、ちゃんとした理由があります。
その理由を知ることが、AIで社内マニュアルを作るときの、実は一番の近道なのです。
なぜベテランは「うまく説明できない」のか
哲学者のマイケル・ポランニーは、こんな言葉を残しています。
「私たちは、語れる以上のことを知っている。」
人間の知識には2種類あります。言葉で説明できる知識と、体に染み込んでいて言葉にならない知識です。
自転車の乗り方を考えてみてください。一度覚えたら乗れますよね。でも「どうやってバランスを取るのか」を言葉で説明してと言われると、とたんに困るはずです。それと同じことが、職場のベテランにも起きているのです。
「このお客様には先に連絡した方がいい」「この見積もりは余裕を持たせる」「この現場は段取りを変える」。こうした判断は、長年の経験の中で体に染み込んでいます。だから聞かれても、言葉にならない。
「説明してください」ではなく、「あの場面ではどうしましたか?」と聞く。ここを変えるだけで、インタビューで出てくる話がまったく変わります。
では、インタビューに行く前に、もうひとつ大事なことがあります。
まず「会社全体」を狙わない
「会社全体のマニュアルを作ろう」と意気込んでいませんか?
これ、たいてい手が止まります。思い当たるフシ、ありませんか。(笑)
営業、見積もり、現場、経理、クレーム対応……。すべてを一度に整理しようとすると、どこから聞けばいいのかが分からなくなります。聞かれる側も同じです。「会社の仕事を全部教えてください」と言われても、何から話せばよいか分かりません。
最初は「部署ひとつ」「業務ひとつ」に絞ってください。
- 「営業で新人が迷いやすいところを整理したい」
- 「現場判断に迷う場面をまとめたい」
- 「経理処理を他の人にも分かるようにしたい」
小さく始めることが、確実に進む唯一の方法です。範囲が決まったら、次はいよいよ「何を聞くか」です。
「何をするか」ではなく「何に迷うか」を聞く
マニュアルというと、作業手順を書き出すものだと思われがちです。
しかし、AIで社内マニュアルを作るときに本当に価値があるのは、「判断基準」です。
「この書類をこの順番で作る」という手順はわりとマニュアル化しやすい。問題は、その途中に出てくる「迷い」です。
「このお客様には先に連絡すべきか」
「この金額は社長確認が必要か」
「このクレームは現場で対応してよいか」
こうした判断を、ベテランは無意識でこなしています。だからインタビューでは、こう聞いてください。
- 「新人が最初につまずくのはどこですか?」
- 「経験がある人とない人で差が出るのはどこですか?」
- 「昔、失敗して覚えたことはありますか?」
「何をするか」ではなく「何に迷うか」を聞く。これだけで、まったく違う話が出てきます。
社長にインタビューする場合も同様です。「会社のことを全部教えてください」では広がりすぎます。「見積もりで判断に迷う場面について聞かせてください」とひとつに絞ると、具体的な言葉が出てきます。
話を引き出したら、次はそれをどう残すか、です。
インタビューは最初から文章にしなくていいです
「インタビューの内容を文章にまとめなきゃ」と思っていませんか?
最初は音声で残すだけで十分です。
社長やベテランは忙しい。文章を書いてもらうのは負担が大きすぎます。それよりも、10〜15分だけ時間をもらって、普段の言葉で話してもらいましょう。スマートフォンの録音アプリで十分です。
話が脱線してもかまいません。言葉がくだけていてもかまいません。体に染み込んでいる知識を外に出してもらうことが、この段階の目的です。
ただし、録音の前に必ず許可を取ること。 取引先情報や個人情報が含まれる場合は、扱いに十分注意してください。この点は必ず守ってください。
音声が手に入ったら、次はAIの出番です。
音声の整理にはGeminiが便利
※ここから下に記載しているAIツールを業務で使用する場合、会社の機密情報・顧客情報・個人情報を、個人利用版のAIサービスに入力しないでください。
必ず法人向けプランまたは業務利用に適した契約形態を選び、データの保存・学習利用・アクセス管理などが、会社の情報管理方針に合致していることを確認したうえで利用してください。
録音したインタビュー音声は、Geminiに渡すと整理してもらえます。
「この音声の内容を、社内マニュアルの材料として整理してください。作業手順・判断基準・注意点・新人がつまずきやすい点に分けてください。」
こう依頼すると、話し言葉の中に埋まっていた知識が、項目ごとに分類されます。作業の流れ、注意点、判断に迷う場面、よくある失敗、ベテランが大事にしている考え方……。
この段階では、完成版のマニュアルを作ろうとしなくて大丈夫です。 知識を取り出して並べることが目的です。それだけで、次の作業がぐっと楽になります。
マニュアルの形に整えるのはChatGPTかClaudeがベター
Geminiで材料が揃ったら、次はそれを読みやすい文章に整えます。ここではChatGPTかClaudeが向いています。
「以下の内容を、新人向けの社内マニュアルにしてください。作業手順・注意点・判断基準・よくあるミスに分けて、専門用語には補足説明を加えてください。」
複数人のインタビューをまとめたい場合や、内容が長い場合はClaudeが扱いやすいです。
ただし、ここには落とし穴があります。
AIが作った文章は「もっともらしく整ってしまう」ことがあります。 でも、現場の実態とわずかにずれていても、AIは気づきません。最後に必ず現場の方が確認してください。「この表現で実態に合っているか」「新人が読んで同じ行動を取れるか」。ここが抜けると、誰も使わないマニュアルができ上がります。
終わりに
ベテランが「なんとなく」としか言えないのは、知識が体に染み込んでいるからです。さぼっているのでも、意地悪でもありません。
だからこそ、「説明して」ではなく「あの場面でどうしましたか?」と聞く。正面から引き出そうとするのではなく、場面を語ってもらうことで、言葉になっていなかった知識が外に出てくるのです。
AIは、その取り出した知識を整理する道具です。どんなに優れた道具でも、素材がなければ何もできません。
社内マニュアル作りは確かに地道な作業です。でも、あなたの会社の中に眠っている知恵が、ちゃんと形になっていくことを、心から願っています。
後編では、集めた知識を実際に社内で使えるマニュアルにする方法を、具体的にお伝えします。
AIで社内マニュアルを作る手順(まとめ)
- 範囲を絞る——「部署ひとつ」「業務ひとつ」から始める
- 「何に迷うか」を聞く——「説明して」ではなく「あの場面でどうしましたか?」
- 音声で残す——スマホ録音で十分。文章化は後でいい(録音前に必ず許可を)
- Geminiで整理する——手順・判断基準・注意点・つまずきポイントに分類
- ChatGPT/Claudeで文章化する——新人向けに読みやすく整える
- 現場で確認する——AIの文章は「もっともらしく整いすぎる」。実態との齟齬を必ず確認
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